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Channel: 錦之助ざんまい
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『浪花の恋の物語』(その9)

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 話は3年あまり前にさかのぼる。
 錦之助が有馬稲子と初めて会ったのは、昭和30年10月半ば、場所は築地の料亭であった。東京に台風が吹き荒れた日の夕刻、月刊誌「近代映画」の依頼で急きょ有馬と対談することになったのだ。
 男女の出会いというのは不思議なもので、もし台風が来なければこの日の対談は実現せず、二人の出会いはずっとあとになるか、あるいはまったく違った形になって、互いに惹かれ合うこともなく終わっていたかもしれない。
 錦之助は、10月初めに京都で『続・獅子丸一平』を撮り終え、久しぶりに東京の実家へ帰って休暇中であった。この日の午前中は台風で外へも出られず退屈していた。そこへ、近代映画社の写真家の三浦波夫から電話が入った。午後には台風も通り過ぎるそうなので、良かったら撮影に付き合ってくれませんかと三浦が言うので、錦之助は退屈しのぎにオーケーした。来年の正月号に掲載するグラビア写真の撮影だった。場所はどこにしようかと訊くので、錦之助は銀座がいいと言った。錦之助は大好きな銀ブラを多分人通りの少ない台風一過にしてみたくなったのだ。
 三浦と待ち合わせの時間と場所を決めて、錦之助は電話を切った。するとしばらくして、今度は小山編集長から電話が入った。今日、もう一つ、ぜひともお願いしたいことがあるのですが、と言う。写真撮影が終わったあと、夕方から女優の有馬稲子さんと対談してもらえないかという申し出であった。有馬さんも今日は台風でクランク中の映画の撮影が中止になったので世田谷の自宅にいて、錦之助さんとの対談なら喜んでそちらへ出向くと言っているとのことだった。
 座談会や対談が嫌いで、ことに初対面の相手との対談はほとんど断ってきた錦之助ではあったが、映画の宣伝にいつも協力してくれる「近代映画」の依頼でもあり、また、なにかと話題に上る有馬稲子という個性的な美人女優に一度は会ってみたいという気持ちもあって、錦之助は快諾したのだった。
 当時有馬は、「近代映画」誌上で「ネコちゃん対談」というページを受け持ち、人気スターの聞き手を務め始めていた。この連続対談は昭和30年11月号から始まり、第一回のゲストは佐田啓二、12月号に掲載予定の第二回は江利チエミだった。二人とも有馬が希望した相手で、二回分の対談はすでに済ませていた。佐田は有馬が映画で何度か共演している俳優であり、チエミの歌は有馬も好きでよく聴いていたので、まだ聞き手役に慣れない有馬もこの二人とは打ち解けて話をすることができた。そして、来年の新春号に掲載する第三回「ネコちゃん対談」のゲストは誰にしようかと編集部で協議していたところに、錦之助という願ってもない相手が絶好のタイミングで登場したのである。(つづく)



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