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Channel: 錦之助ざんまい
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続『浪花の恋の物語』(その1)

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 昭和33年の年も押し詰まった師走の29日、錦之助は南青山の実家から有馬稲子の田園調布の家へ電話を入れた。近松の「梅川・忠兵衛」を映画でいっしょにやらないかと話を持ちかけたのだ。監督は内田吐夢、脚本は成沢昌茂、プロデューサーは兄の三喜雄だということ、そして、監督も自分も梅川役には有馬稲子を望んでいることを伝えた。それを聞いて有馬は喜び、ぜひやってみたいと答えた。有馬が大乗り気なので錦之助も喜び、それなら、1月4日か5日にでも兄貴を交えて直接会って打ち合わせをしようということになり、また連絡する約束をして電話を切った。
 三喜雄はすぐに、笹塚の本宅にいる内田吐夢に連絡をとり、有馬が快諾したことと、錦之助が京都へ帰る前に二人で有馬と会うことになったことを伝えた。すると吐夢は5日なら東映本社へ行く用事があるので、会談に顔を出してもいいと言った。監督が来てくれればこれほど心強いことはない。そこで、有馬、錦之助、吐夢、三喜雄の四人が正月早々異例の会談を行なう運びとなったわけである。
 有馬は5日新橋演舞場で歌舞伎を観る予定があり、昼の休憩に劇場を抜け出して打ち合わせに行くことにした。錦之助のほうは有馬に会ってからその足で三喜雄とともに羽田へ向かい、大阪着の飛行機で京都へ帰ることになった。
 会談の場所は有楽町の中華料理店で、内田吐夢の馴染みの店であった。鈴木尚之が一役買って、個室を予約し、映画関係者に知られないように密談の手はずを整えた。有馬は当時松竹と優先本数契約を結んでいた女優であり、とくに松竹関係者には絶対知られないように注意を払った。
 鈴木尚之の「私説内田吐夢伝」に、この秘密会談についての記述があるので、引用しておこう。

――有馬との間で隠密裏に話がすすめられ、出演交渉の日どりがきまった。某日、観劇のため新橋演舞場へおもむく有馬をつかまえて、他の場所で待機する吐夢と錦之助がむかえるという筋書きできあがったのである。問題は誰がその段取りをつけるかにあったが、とにかく松竹側に面が割れていない人物が適切であるという考えから、私に白羽の矢が立った。
 そして当日である。観劇の途中からぬけだしてきた有馬を、待たせてあったハイヤーに乗せると、有楽町の中華料理店へ急いだのである。

 鈴木の記述では、会談の日がいつ頃だったのかが不明で、そこに三喜雄がいたかどうかも分からない。しかし、1月以降の錦之助の日誌を読むと、錦之助は1月5日に京都へ帰り、以後『美男城』の撮影がずっと続いて、1月中は一度も東京に戻っていない。錦之助が帰京するのは2月5日で、これはブルーリボン賞の授賞式に出席するためで、その日の夜にすぐ京都へ帰っている。2月8日に『美男城』がクランクアップして数日間の休暇に入るが、この時錦之助は後援会誌「錦」2月号の巻頭文を書いて、有馬稲子と「浪華の恋の物語」(のちに「浪花」に変更)で共演することを発表している。つまり、2月初めまでには有馬の出演が内定し、タイトルも決まったことになる。錦之助が有馬に連絡をとり、吐夢と三喜雄を加えて秘密会談を行ったのは、錦之助が東京にいた12月29日から1月5日までの間だったことは間違いあるまい。
 鈴木がこの本を執筆したのは、当時から三十数年後のことであり、記憶もあいまいで、間違いも目立つが、水面下で有馬への出演交渉が行われ、鈴木が案内役を務め、有馬を新橋演舞場から有楽町の中華料理店までハイヤーで連れて行き、錦之助と吐夢に引き合わせたことは確かにちがいない。ただし、鈴木自身はこの会談に同席しなかったと思う。(この頃鈴木尚之は、吐夢と親しくしていたとはいえ、東映企画本部の一社員にすぎなかったからである)

「私説内田吐夢伝」で今挙げた引用箇所の続きはこうなっている。

――有馬は吐夢とはすでに『森と湖のまつり』をとおして面識があったが、錦之助とは初対面であった。この出演交渉がスムーズにはこんだことは、のちにふたりの結婚というハプニングを生むことになったことからも、容易に窺い知ることができよう。
 
 鈴木は「錦之助とは初対面であった」と書いているが、これは全くの誤りである。錦之助と有馬は、それまでに雑誌の仕事というおおやけの場で二度会っている。初めて会ったのは昭和30年10月半ば、築地の料亭で雑誌「近代映画」の対談をした時であり、二度目は昭和32年夏、神宮外苑で「平凡」のグラビア写真を二人で撮影した時である。(初対面で錦之助と有馬が意気投合したことはすでに書いた)



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